メモフィクション

雑食でバカ舌な人間の視聴記録

ぼっち・ざ・ろっく!

TVアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」公式サイト

視聴終了:2023/1/6

感想:おもしろかった

 

エキセントリック高解像度

話題になっているものは出来る限り観て、世間様とチューニングをあわせていかないと…という半ば義務感に近い気持ちを抱えながら見始めました。というのも、ぶっちゃけ自分は心の奥底で、【きらら系】と呼ばれる作品を軽視しているような気がします。あんまり口にはし辛いですけど、そういう人って結構いるんじゃないですか?元々は一般的なオタクだったけど、今はハイレゾでハイコンテクストなサブカルこそ正義と考えているような、そんな謎のプライドを抱えて息苦しい生活を己に強いているオタク。…言語化したら自分自身にグサグサ刺さってしまいますね。反省の意を込めつつ、本題に入ります。

さて、本作は『まんがタイムきららMAX』連載作品のアニメであることから、前述の通り、いわゆる【きらら系】と括られる内容なんだろうなと思いつつ観はじめました。ですがその実、私が【きらら系】と定義している「平坦なフィクション」の対義的な位置にある、いわば「エキセントリック高解像度」な作品でした。

まずもって、【きらら系】とは何なのか。きらら系列の雑誌で連載されている作品、ということにはなるのですが、中身の性質を紐解いていくと、以下の2つの要素を兼ね備えているのが特徴だと捉えていました。

■観ていて安心できる平坦な演出・ストーリー

非実在性の高い存在

つまりは『らき☆すた』です。

そんな環境ねーだろ!とツッコみたくなるレベルの架空都市や架空学園で生活をしている、オタクの理想を一方的に押し付けた、居るわけないフォルム・性格・属性の架空女子が日常を繰り広げる、それこそが【きらら系】だと考えていました。

そのため、きらら系列連載の本作も、いわゆる【きらら系】なんだろうなと思いながら見始めたところ、むしろこの定義の真逆にある内容でした。常にどんな球が飛んでくるかわからないエキセントリックな演出。それに加え、音楽的な観点で考えるとやたらと解像度が高い要素が散りばめられています。

つまりは、わたしの定義付けた古臭い【きらら系】という呪いのワードが、わたし自身に呪いの装備である色眼鏡を掛けさせていたのです。「きららで連載?ってことは日常系でオタクの理想の女の子を描いているだけの毒にも薬にもならないヤマなし・オチなし・イミなしな作品なんでしょ?」と、心の底の底…いやむしろもっと浅い部分で短絡的に考えていた、しがない愚かな人間だったのでしょう。

固定的な観念を持つということは、自分がその段階(レベル)で止まっていることと同義です。そんな狭い視野の人間なんか置き去りにして、世間は止まることなく進化し続けています。「○○って××なんでしょ?」という決めつけをするのは、○○が××というパターンしかなかった時代に取り残された、発想の貧しい人間なのでしょう。自戒ばっかりのブログですが、今回ばかりはしっかり反省しなければいけないなと思った次第でした。枠組みに囚われないよう、固定観念を捨てて精進していきたいものですね。